私は朝、昼、あるいは夜に風呂に入る。
昨日は昼、11時ごろに風呂に入ろうと思った。
今は23時、風呂上りにこの記事を執筆している。
私は「風呂に入る」とは書いているが、
これは湯船につかることではなく、シャワーを浴びることを指す。
理由:湯船にお湯を貯めるのはあまりにも重労働であるため
どうしてこうなってしまったのか(原因)
11時
起床した。今日は休みで、とりあえず風呂に入ろうと思った。
とはいえ、まずはスマホを見る。インスタとLINEを見た後、Xを見る。
13時
Xを見ていたら2時間が経過していた。そろそろ風呂に入ろうかと思ったが
昼食を食べていないことに気づき、パンを食べる。歯を磨く。
15時
Tiktokを見る。
「一番美味かった貧乏パスタランキング」を見て、知識を得た。
「POV:I BOILED YOUR DOOR」(視点:今、君のドアを煮てる)を見て、ドアが沸騰されている状況を確認した。
18時
(お風呂に入れてないなぁ)と思いながら夜ご飯を食べる。
西京焼きは非常に美味しいと思う。
19時
Xを確認する。
他人のLINEのやりとりで爆笑し、お気に入りのソシャゲの二次創作イラストに感銘を受ける。
私のブックマークは3件増えた。
23時
さすがにやばいと思ったが、これはネタになると思ったので、今こうして記事を書いている。
考察
風呂に入るという文字にすればとても短く、なんてことないタスクの一つのように思えるが、実はあまりにも重い。
服を脱ぐ
→風呂場へ赴く
→シャワーを出し、温度を調製する。
→シャンプーで髪を洗う
→流す
→トリートメントで髪を保護する
→流す
→ボディソープで体を洗う
→流す
→拭く
→髪を乾かす
→スキンケアする
これはあまりにも重すぎる。
古代ローマの哲学者セネカはこう言っていた。
我々が人生を先延ばしにしている間に、人生は過ぎ去っていく。
私が風呂を先延ばしにしている間にも、12時間が過ぎ去った。
言い訳を重ねているうちに日付が変わりそうになってしまった。
この記事を公開したらさすがに風呂に入ろうと思う。
とはいえ、24時は過ぎてしまったので1時に行こうと思う。


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